松原正明建築設計室 建築家 板橋区 設計事務所 OMソーラー そよ風 薪ストーブ 住宅.別荘 自然素材の家

火と共に暮らす

001.jpg 僕たち家族は冬枯れた雑木林に建つ小さな週末住居で2000年1月元旦を迎えようとしていた。唯一の情報源であるラジオからは年明けと共にコンピューターのプログラム異常でライフラインが一時途切れる可能性があるとのニュースがながれていた。その時期世界中で話題になっていたいわゆる2000年問題である。外は零下にまでなる人里離れた粗末な小屋だが、僕たちは何の心配もしていなかった。食料に水、そして目の前の薪ストーブと軒下にたっぷりある薪さえあれば、しばらく世間が慌てている間のんびりできそうだとむしろ楽しんでさえいたのである。
 今から6年前に一大決心をして実家の近くにある福島県西郷村の里山に週末住居を建てた。自宅は賃貸暮らしのままだからちょっと普通ではないが、どうしても雑木林の中で生活する時間を持ちたかった。東京での暮らしは電気がなければ照明はもちろん暖房、給湯、煮炊きすらままならない。子どもたちはテレビとコンピュータゲームに夢中で食事の時間の会話はとぎれがちだった。テレビの代わりに薪ストーブが中心になる暮らしをしたいと切実に思った。なによりそれが子どもたちのためにもなるだろうと思ったのだ。

 山荘での暮らしは火との付き合いが中心となる。薪ストーブに始まり、火鉢、七輪、焚き火台、ダッチオーブンなどよほど物好きな人でないと持っていないものばかりだ。それで暖を採り、湯を沸かし、食料を焼く。灯りを暗くして薪ストーブの中でゆれる炎が家族の顔を照らす。ゆったりとした時間がながれ家族の気持ちが寄り添うのがわかる。子どもたちは不思議なことにテレビがないことに不満は言わない。初めはおそるおそる自分たちでマッチを擦って焚き火をしていたが、最近では焼き芋を焼いたり、消えそうなストーブに薪を継ぐようになった。薪ストーブのある暮らしが当たり前になり、火の扱いを自然に覚えていった。

 人はゆれる炎を見つめて計り知れないほどの時間を重ねて来たのに、ここ数十年で火のある生活から急速に遠ざかってしまったようだ。僕たちの世代は幼い頃の記憶でかろうじて火が持つ魅力を知っていたからこそこんな発想が生まれたのだが、子どもたちの世代はどうなのだろうか。

 夕食後のひととき、テレビと電灯を消してキャンドルを灯す。それぞれに過ごしていた家族がキャンドルを囲むように集まり会話が始まる。暮らしの中から失ってしまった火を取り戻すことは、それと共に失ってしまったそれぞれの大切な「何か」を取り戻せるに違いない。


大阪ガスCEL  2006年

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